慈友クリニック
米沢 宏
わが国のアルコール依存症者数は少なく見積もって82万人、多い報告では460万人といわれています。一般企業の従業員の調査では12~14%の人にアルコール依存症の可能性があり、また一般病院に入院中の患者を対象にした調査では 18%の人にアルコール依存症の可能性があったと報告されています。これほど頻度の高い病気であるにも関わらず、多くの方が専門的治療を受ける機会を逃しています。
アルコール依存症になるかならないかは、その人の累積の飲酒量と体質によって決まってきます。毎晩一升の日本酒を50年飲み続けても何も問題がないという方もいれば、飲み始めてわずか半年でなってしまった若い女性もいたりと、かなり個人差はあるのですが、目安としては日本酒換算で1日につき3、4合以上のアルコールを週の半分以上、10~15年続けた場合の飲酒量と言われています。男性が圧倒的に多いのですが、実は女性の方がアルコールの影響を受けやすく、男性より短期間でアルコール依存症になります。いずれにせよ、アルコールを飲む人ならば、誰でもアルコール依存症になってしまう可能性があるのです。
アルコールの多飲により身体、精神、家庭生活、職場、社会生活のあらゆる面に問題が起こります。肝硬変や糖尿病、胃十二指腸潰瘍、高血圧、高脂血症、高尿酸血症などの体の病気や不眠症やうつ病、パニック障害、記銘力障害、幻覚妄想、認知症などの心の病気が起こってきます。家庭では家庭内不和、暴力、離婚問題、経済破たんなどが起こってきますし、職場では仕事の能率の低下、ミス、遅刻や欠勤などの問題が起こります。あるいは酔って飲み屋の看板を壊したり痴漢をしてしまったりなど社会問題になったりします。
なぜさまざまな問題が起こっているのに、たくさんのアルコールを飲んでしまうのでしょうか。減らすことができないのでしょうか。
それは長年の飲酒の累積効果により、脳の神経細胞に変化が起こり、飲酒量のコントロールが効かなくなってしまうからなのです。アルコールが一口でも身体に入ると脳の"病的な飲酒欲求の回路"にスイッチが入り、その人の意思を超えて脳が酒を要求するようになるのです。これがアルコール依存症の本質で、飲酒のコントロール障害と呼んでいます。花粉症の人が花粉を吸い込むとくしゃみ、鼻水が止まらなくなるように、アルコール依存症の人は一口でも酒を飲んだら強烈な飲酒欲求という身体(脳)の反応が起こるのです。花粉症の人に「くしゃみは3回まで」と言っても不可能であるのと同様、依存症の人に最初の一杯を勧めておいて「3杯でやめなさい」というは無理な注文なのです。
そしてこの変化は永久で、二度と上手に飲める身体には戻りません。たとえ10年断酒していても、一口飲めばじきに昔の飲み方に戻ってしまいます。しかし脳内の変化は見えないので、自分がこの病気になったことをなかなか自覚できず、失敗を繰り返してしまうのです。
飲酒量を減らしたり急に飲むのをやめたりすると、手が振るえたり眠れなくなったり落ち着きがなくなったり、ひどい場合は幻覚がでたりけいれんを起こして倒れたりすることがあります。これを離脱症状と呼びます。離脱症状があればアルコール依存症にまず間違いありませんが、離脱症状が出ないアルコール依存症の方もいますので注意が必要です。うつ病の合併も非常に多く何年も抗うつ薬を飲み続けている方が少なくないのですが、アルコールを断たない限りうつ病は治りません。
自分がアルコール依存症にあてはまるのか? スクリーニングテストがありますので、やってみてください。
アルコール依存症の治療は外来または入院で行われます。治療の基本はアルコール教育と集団精神療法(ミーティング)です。
すでに述べたとおり、飲酒のコントロール能力を失っていますから、アルコール依存症から回復するには断酒以外に方法がありません。しかし"我慢の断酒"は数ヶ月しか続かないものです。そこで専門家に話を聞き、また同じ病の人の体験談を聞くことで病気の理解を深め、“楽なやめ方”を体得していくことが重要になってきます。ミーティングは専門医療機関のほかに、断酒会、AA(Alcoholics Anonymous)などの自助グループでも活発に行われています。
アルコール依存症者の平均寿命は50代前半と言われており、残念なことに専門の入院治療を受けても8割の人が再飲酒してしまい、10年後には4割の方が亡くなります。ガンよりも死ぬ病気と言ってもいいくらいなのです。専門治療を受けても、喉元を過ぎると熱さを忘れ、「1杯くらいなら大丈夫だろう」「たまには大丈夫だろう」という悪魔のささやきに負けて飲み始めてしまうのです。
死因でもっとも多いのは肝硬変ですが、急性心不全、酔って起こした事故、脳卒中、吐血・下血などで急に命を落としてしまうことも多いのです。このようにガンに匹敵する致命的な病気なのですが、ガンと決定的に異なるのは断酒をすれば病気はもう進行しないということなのです。
アルコール依存症は“否認の病”と呼ばれたりします。問題が起きているのに認めようとしないからです。しかしご本人の話をていねいに聞いていくと、実はもう何年も前から、今のままの飲み方ではまずいのではないか、と気づいていることがほとんどです。まわりの対応が本人の姿勢をかたくなにさせているのです。
認めたくない理由を推測し誤解を解く対応をしていけば、大抵は治療に参加するようになります。
家族は依存症者に酒を飲ませないよう、酒を隠したり小遣いを制限したりなど必死になっています。あるいは仕事を休んだ連絡や近所迷惑をかけて謝りに回ったりと尻ぬぐいをさせられます。しかしこれらの行為は本人が自分の起こしている問題に気づくのを遅らせ、この病気の進行に手を貸すことになってしまうのです。起こった問題を本人に返し、本人が自身のアルコール問題に正面から向き合うことを援助することが重要です。これらを実践するのは簡単なことではないので、専門機関の家族教室や家族の集いに参加して具体的な対処法を覚えていくことが肝心です。
1回の専門治療で断酒できる人は実は少なく、うまくいくまでに2、3年はかかると考えておいた方がよいでしょう。希望を失わないためには自助会などで回復者に出会い、「アルコール依存症は回復できるんだ!」ということを実感してください。
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